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広島地方裁判所 平成4年(ワ)445号 判決

原告

胡田敢(X)

右訴訟代理人弁護士

阿左美信義 (ほか一六四名)

被告

広島県(Y1)

右代表者知事

藤田雄山

右指定代理人

貞安和則

松浦昭宏

森本泰行

小川邦彦

上田勝

進川孝行

車田省三

行宗靖夫

被告

国(Y2)

右代表者法務大臣

前田勲男

被告両名指定代理人

富岡淳

溝川健三

事実及び理由

第三 争点に対する判断

一  接見交通権の意義及びその制約について

刑事訴訟法三九条一項の保障する接見交通権は、憲法三四条前段の弁護人依頼権に由来するものであって、その重要さについては今更いうまでもく、本訴訟においても原告と被告らが等しく認めるところである。

他方、捜査機関は、公共の福祉の観点から、憲法上当然の前提とされる国家刑罰権の適正な行使のため、事案の真相を明らかにする責務を負い、厳格な要件の下に捜査権限を有しているのであるから、接見交通権といえども、捜査の必要性との関係において、絶対無制約なものではなく、合理的な範囲で制限される性質のものである。原告は、捜査機関の捜査活動を国民の基本的人権と全く対立するものであるかの如き主張をするが、捜査活動は、適正な刑罰権の発動により社会の治安を維持し、国民の生命と財産権の保障を図るものであり、決して国民の基本的人権と予盾するものではない。

したがって、捜査機関のする被疑者の取調べ等の捜査の必要性と弁護人の接見交通権との調和ということが必然的に問題となるものであり、憲法三四条前段も、法律をもってその調和を図ることを予定しているものであって、刑事訴訟法三九条がまさにそのための法律であるということができる。

そして、捜査機関において、捜査のため必要があるときは、弁護人との接見の日時、場所等を指定することができることを規定する刑事訴訟法三九条三項の規定が、右のような精神に基づき、捜査の必要性と接見交通権との適正な調和を図り、弁護人の弁護権や被疑者の防御権に対して不当に不利益を与えるものでないものであれば、同項の規定は憲法三四条前段の趣旨に沿いこそすれ、これに違反するものではないということができる。

また、人権B規約一四条三項の各規定も、絶対的、無制限の接見交通権を保障したものと解することはできず、別事訴訟法三九条三項の規定が右のような趣旨のものである限りは、これに反するものではない。

接見交通権の意義に鑑みれば、別事訴訟法三九条三項による接見指定権の行使は、捜査の必要上やむを得ない場合にのみ許される例外的措置であると解される。したがって、捜査機関は、弁護人から身柄拘束中の被疑者との接見の申入れがあったときは、原則としていつでも接見の機会を与えなければならないのであり、これを認めると、被疑者の取調べや被疑者を立会わせて行われる実況見分又は検証を中断することになったり、間近い時に確実に予定された取調べ等を予定どおりに開始できなくなる等、捜査の中断が見込まれ、右捜査の中断による支障が顕著な場合には、弁護人と協議して、できる限り速やかな接見のための日時を指定し、被疑者が弁護人と防御の準備をすることができるような措置を採るべきである。そこで、弁護人から接見の申入れを受けた捜査機関としては、弁護人の速やかな接見の開始及びその必要に応じた時間の確保のために、直ちに、当該被疑者についての捜査状況を確認して具体的指定要件の存否を判断し、弁護人の申入れのとおりに接見を認めることができない場合にも、可能なかぎり弁護人の意向に沿うような方向で協議の上、改めて接見の日時等を指定し、これを告知する義務があるというべきである(最高裁判所平成三年五月一〇日第三小法廷判決・民集四五巻五号九一九頁)。

なお、右にいう捜査の中断による支障が顕著であるかどうかは、具体的な捜査状況の下において実質的に判断すべきものであるから、例えば、弁護人から接見の申入れがされた場合において、間近い時に確実に被疑者の取調べが予定されているという一事だけをもって、直ちに、捜査の中断による支障が顕著であると判断することは許されないというべきである。蓋し、被疑者長井の場合がそうであったように、身柄を拘束された被疑者の取調べは、連日、朝から深夜までの長時間に及ぶことがあるが、取調べの終了時刻そのものに制限がない以上(長時間の過酷な取調べとならないよう配慮すべきは当然であるが)、捜査機関が予定した取調開始時刻が多少遅れたとしても、取調べの終了時刻をそれだけ遅らせること等により、捜査への影響を回避することができるというような場合もあるからである。そのような場合は、前述の捜査機関の捜査の必要性と弁護人の接見交通権との調和を図る趣旨からして、捜査機関において、多少取調開始時刻を遅らせても弁護人の接見を認めることが必要であるというべきである。

刑事訴訟法三九条三項の規定の趣旨をこのように解するときは、この規定が憲法三四条前段や人権B規約一四条三項に反するものでないことは明らかであるというべきである。

二  前記基本的事実関係の外、〔証拠略〕によれば以下の事実を認定することかできる。

1  本件当日までの被疑者長井に関する捜査状況等

青山検事は、本件被疑事件が大規模かつ計画的ないわゆる地面師詐欺事件であって、徹底した捜査なくしては被疑者を起訴することが困難な事案であると判断し、東署長に対し、被疑者長井について本件通知をした。そして、青山検事は、警察における捜査状況については、川崎巡査部長等から報告を受けており、被疑者長井が、一〇月九日に、登記簿原本の窃盗や偽造等についての西永との共謀については否認し続けているものの、平社長に対する詐欺の犯意について一応認める供述をしたこと、西永は自己の単独犯であると主張して調書の作成にも応じない状況であったこと、他の被疑者も関与を一切認していたこと、そこで、被疑者長井の取調べを中心とする捜査を進めなければならず、現に、川崎巡査部長において被疑者長井を連日長時間取調べていること等の状況を把握していた。

一方、原告は、中丸弁護士との協議で、被疑者長井を励まし、平常心を保たせるために、なるべく二日に一回は接見に行くことを決めており、一〇月八日には、被疑者長井が取調中であったにもかかわらず、青山検事に対し、被疑者長井の事業の引継ぎや家族の転居の問題について話をする必要がある旨接見の理由を告げて、接見を認められたことがあった。

また、中丸弁護士が一〇月一二日に接見を希望したところ、青山検事が昼食時間は被疑者の休憩する時間であることを理由に、その間の接見すら認められなかったので、結局翌一三日(本件当日の前日)に接見せざるを得なかったことがあった。

2  本件当日の経緯(本件申入れの拒絶の事実等)

原告は、本件当日、勾留延長決定により更に身柄拘束を受けることになった被疑者長井を励ますために接見しようと考えたが、午前中は打合せがあり、午後三時から証人尋問、またそれ以降は弁護士会の委員会の予定があったのと、昼食時の休憩時間ならば取調中として接見を断られることはないと考えたので、午後○時四五分ころ、代用監獄である東署留置場に赴き、枝廣巡査に被疑者長井との接見を申し入れた。なお、原告は、これに際して、被疑者長井が在監していることを東署に確認しただけで、事前に接見したい旨の予告等をしたわけではなかった。枝廣巡査は、本件申入れに対し、被疑者長井については本件通知がなされていたので、本件被疑事件の担当検事である青山検事に接見指定権行使の有無についてその意向を確認すべく、原告に対しては青山検事に連絡がとれるまで待ってくれるように言って、広島地方検察庁の青山検事に架電した。しかし、この電話に出た竹森検察事務官は、青山検事の所在をすぐには確認できなかったため、連絡がとれなかった。そこで、原告は、枝廣巡査から電話を替わってもらい、電話に出ていた竹森検察事務官に対し、即時に接見を希望するので青山検事を至急捜し出すように伝えて、東署においてそのまま待機した。

青山検事は、その時検察庁地下食堂で昼食をとっており、竹森検察事務官は、同所で青山検事を見つけて、本件申入れがあったことを伝えた。しかし、青山検事は、本件申入れが予告もなくなされたものであったので、接見指定権を行使するかどうか思案しつつも、とりあえず自らの昼食をとり終え、その後、午後一時前ころ、取調べの予定を確認するため、東署の川崎巡査部長に架電した。青山検事は、被疑者長井の取調状況について概ね把握していたので、川崎巡査部長から、被疑者長井を騙取した金員の分配状況について午後一時から夜まで取調べる予定である旨聞いただけで、その取調べが重要であると判断し、原告の本件申入れに対して接見指定権を行使することにした。

その際、青山検事は、取調開始時刻を午後一時としている理由やそれを多少遅らせて原告の接見を認めることが可能かどうかについて特に考えはしなかった。

三  以上認定の事実を前提に、枝廣巡査及び青山検事の各行為の違法性について判断する。

1  枝廣巡査の行為について

捜査は、その性質上統一的になされる必要があるから、刑事訴訟法三九条三項の接見指定権の行使も捜査を主宰する者が統一的になすべきである。捜査を部分的に担当するに過ぎない者は、捜査の全体的な進展状況に基づく捜査の必要性について判断し得る立場にないし、まして、単に被疑者の身柄を管理するに過ぎない警察官に捜査の必要性について判断させ、接見指定権を行使させるとすれば、留置業務適正化の見地からくる捜査との分離の要請からすると、指定要件の吟味や、接見の必要性との比較衡量に困難が予想され、適正な接見指定権の行使を期待できない。そこで、捜査を主宰していない者は、接見指定権を有しないと解すべきであるが、このような者は、指定権限を有する捜査官から本件通知のような刑事訴訟法三九条三項の規定により接見の日時等の指定をすることがある旨の通知(なお、このような通知をすることが違法でないことは後述のとおりである。)を受けている場合において、予め接見指定を受けてはいない弁護人から接見の申入れを受けたときは、指定権限のある捜査官に対し、申入れのあった旨を連絡し、その指示を仰ぐ必要がある。そのために、弁護人の被疑者との接見が遅れるとしても、それが時間的に合理的な範囲に止まるかぎり、接見指定権の適切な行使のためには許されるというべきである。これによる弁護人の不利益は、捜査機関に対し、接見に赴く前に接見希望時刻を予告することにより容易に回避することができるものである。

原告は、留置業務を担当する者は、弁護人から接見の申入れを受けた時点で被疑者が在監中である以上、指定権限のある捜査官に連絡等をすることなく、直ちに接見させる義務がある旨主張するが、このような解釈は、捜査機関の接見指定権の行使の機会を奪うものであり、捜査機関の捜査の必要性と弁護人の接見交通権の適正な調和を図るものではなく、採用することはできない。本件の場合、枝廣巡査は、単に被疑者の留置業務を担当する者であって、指定権限を持たず、捜査の必要性等について判断し得る立場になかったのであるから、原告からの本件申入れを受けて、直ちに、指定権限を有し、本件通知をした青山検事に接見指定権を行使するか否かを確かめるために架電したものである。そして、本件申入れは事前の予告もなく、昼食時になされたものであり、青山検事が昼食中ということもあって、直ちに連絡がつかず、原告が青山検事と接見について協議することが可能になるまで約一八分間待つことになったが、その遅延は合理的範囲に止まるものと評価すべきである。

したがって、枝廣巡査の行為自体には何ら違法性がないというべきである。

よって、原告の被告広島県に対する請求は理由がない。

2  青山検事の行為について

まず、原告は、青山検事が本件通知をしたことの違法を主張する。

しかし、本件通知のような捜査官から被疑者の留置業務を担当する者に対する被疑者について接見の日時、場所等を指定することがある旨の通知自体は、当該被疑者について必要がある場合は接見指定権を行使する意思があることを通知するものにすぎず、弁護人の接見交通権を禁止ないし制限するものではないので、直ちに違法ということはできない。

勿論、このような通知があった場合は、留置業務を担当する者は、弁護人から接見の申入れがあったときに、直ちに接見に応ずるのではなく、接見指定権を有する捜査官に連絡をして右権限を行使するかどうか確かめるという事実上の運用になることは当然であるが、それにより、弁護人の接見の実現又は接見の日時、場所等の指定が遅れることがあっても、それは僅かなものであり、留置部門と捜査部門とが分離した状況の下においては、捜査機関に適切な接見指定権の行使の機会を与えるためにはやむを得ないものと認められる(なお、合理的な時間を経過しても指定権限を有する者に連絡がとれないような場合は、留置業務を担当する者は、指定権限を有する者が接見指定権を行使しないものとして、接見に応ずべきことになる。)。

したがって、青山検事が本件通知をしたこと自体に違法性はないというべきである。

しかし、青山検事が、原告が一五分でもよいから等として接見の申入れをしたのに対し、午後一時から夜まで被疑者長井について取調べをする予定になっていることのみを理由とし、取調開始時刻を遅らせて原告に接見を認めることにより捜査に支障が生ずるか否かについて何らの検討もすることなく直ちに、右申入れを拒絶したことについては疑問を呈さざるをえない。

前述の刑事訴訟法三九条三項の趣旨からして、接見開始希望時刻が取調開始予定時刻に近接している場合でも、両者の時間調整を検討した上、なお捜査に支障があるとして時間調整が不可能という場合でなければ、接見指定権を行使することは許されないというべきである。

〔証拠略〕により本件当日の数日前からの被疑者長井の取調時間をみてみると、一〇月一〇日は、午後一時五〇分から午後五時五分までと午後五時三四分から午後一〇時五八分まで、一〇月一一日は、午前一一時ころから午後○時五〇分まで(検察官による取調べ)と午後一時四〇分から午後四時五九分までと午後六時八分から午後一〇時三五分まで、一〇月一二日は、午前八時四〇分から午後○時一〇分までと午後一時一五分から午後五時二分までと午後五時五二分から午後一〇時四五分まで、一〇月一三日は、午前九時三八分から午前一一時四六分までと午後一時五一分から午後五時四分までと午後六時八分から午後一〇時五三分までとなっており、本件当日は、午前が一〇時三〇分から午後○時三分までと午後一時二五分(原告と青山検事とのやりとりで開始が遅れたと認められる。)から午後五時までと午後六時八分から午後九時二〇分までとなっている。

青山検事は、本件当日の捜査は利益の配分状況について取り調べるものであって、重要な意味を持つものであることは川崎巡査部長の説明により理解していたものと認められ、被疑者長井の供述内容によっては迅速な裏付捜査が要請されると考えるのも当然であるが、青山検事が証人として証言した預け入れ等をした銀行に対する照会の必要性などは、本件当日考えたことではなく、証言時に可能性のあることとして証言したものにすぎない。

そして、前認定の被疑者長井の取調状況からすると、川崎巡査部長が午後一時から取調べを開始する予定であるというのも、単に午前中の取調べが午後○時三分に終了したので、約一時間の昼食時の休憩時間を置けば、午後の取調開始時刻は一時になるという程度のものにすぎず、午後一時の取調開始というものが捜査上特別の意味を有するものでなかったことは容易に推測することができる。

そして、午後も一時から夕食時の休憩時間をはさんで約七、八時間の取調べをすることが予定されていたと認められるのであるから、特段の事情のない限り、その開始時刻を三〇分程度(青山検事は、余り短い接見では意味がないので、接見を認めるとすれば三〇分間程度は認めるようにしている旨証言する。)遅らせることは容易であり、そうしても捜査上の支障が生じるとまでは認められない。

勿論、捜査は流動的なもので、事前に展開を予測し難い面があることは否定できず、捜査の状況を一次的に把握しているのは捜査官であるから、捜査上の支障の有無の判断についてはある程度捜査官の判断を尊重せざるをえないが、本件の場合、青山検事は、前述のような観点からの捜査上の支障の有無については何ら具体的に判断していないものであり、また、本件証拠上も、本件当日、午後の取調開始時刻を三〇分程度遅らせて原告の接見を認めることにより捜査上の傷害が生じたであろう特段の事情を認める証拠はない(結果論ではあるが、原告と青山検事とのやりとりにより午後の取調べの開始が二五分遅れたが、これにより捜査に支障が生じたことは何ら被告らの主張するところではない。)。

したがって、青山検事が取調開始時刻を遅らせて原告に接見を認めることにより捜査に支障が生じるか否かについて何ら検討することなく、単に、午後一時から取調べの予定があることのみを理由として、直ちに、原告の接見の申入れを拒絶したことは違法であるというべきである。

なお、原告は青山検事が明日ならば何時でも接見を認めるという対応をしたことを違法として指摘するが、これは、右接見拒絶と一体の行為であり、本件においては、それのみを取り上げてその当否を論ずる必要はない。

以上のことからして、被告国は、国家賠償法一条一項により青山検事の違法な公権力の行使により原告が破った損害を賠償する義務があるというべきである。

四  原告の損害について

原告は、青山検事の違法な接見拒絶により、本件当日、被疑者長井との接見をすることができなかったものであり、これにより精神的苦痛を被ったと認められるが、本件申入れの経緯等前認定の事実からすると、原告の精神的苦痛を慰謝するための慰謝料の額としては、金一万円が相当であると認める。

五  結語

よって、原告の本訴請求のうち、被告広島県に対する請求は理由がないが、被告国に対する請求は右の限度で理由がある。なお、仮執行制限はその必要が認められないからこれを付さないこととする。

(裁判長裁判官 佐藤修市 裁判官 白井幸夫 福田修久)

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